蜜蜂に対して好感を持っている方は多いと思います。女王蜂や働き蜂など細かく役割分担がなされかつ組織化されたシステムは、親近感を抱きやすく、働き蜂ががんばってくれるおかげで、リンゴなどの果実が実っているというストーリーは、生態系を学ぶ上での教科書のような内容です。日々努力して、生産活動を行っている姿は心理的にも応援をしたくなります。
しかし、周知のように、私たちの生産活動は蜜蜂の生態系にマイナスの影響も与えている。ローワン・ジェイコブセン著「ハチはなぜ大量死したのか」(中里京子訳、2009年文藝春秋)は、2007年に世界中で大量の蜜蜂が消えた事実について、その原因をウイルス、農薬、ストレスなど様々な視点で深く分析をしています。世界の4分の1の数の蜜蜂が消えた原因に、我々人間が使用する化学薬品が影響しているということが分かります。農薬が生態系に与える影響については、半世紀以上前にレイチェル・カーソン氏の著作『沈黙の春』(原著1962年、青樹葉一訳、新潮社2001年)が大きな注目を集め、今も古典的な名作として世界中で引用されていますが、半世紀以上前にレイチェル・カーソンが警告を発した内容が、現代においてその影響はさらに複雑で、根深くなっています。
果実を育てるために使用している農薬の一部が、果実を実らせるために重要な役割を果たしている蜜蜂の生息を危機に陥らせているというのは皮肉な話です。また、都市化によって蜜蜂が活動できる範囲が限られるようになったことや、農業の工業化により特定の時期、特定の場所で大量の蜜蜂が必要となり、蜂蜜が巣箱に入れられて長距離移動させられるようになったことも、蜜蜂への負担を高めているようです。
蜜蜂への負担を高めているということは、蜜蜂の活動による生態系の受益者すべてに対して影響を与えていることを意味します。世界の人口が増え続け、食糧需要が増えるほど、「工業的なビジネスモデル」の農業への依存は高まります。それとともに、蜜蜂および関連する生態系への負担が大きくなっていくことも考慮に入れる必要があります。
害虫が発生すればそれを駆除するための農薬を開発し、害虫がそれらの農薬に対する耐性を高めればさらに効果の強い農薬を開発し、もし、それらの農薬が環境に悪影響があることが判明したら、使用を禁止するというプロセスが繰り返されてきました。このプロセスが続く限りは、農薬の開発コストは高まり続けることになり、また農薬が生態系に与える影響を完全に排除することは何時まで経ってもできないことになります。
有機栽培、無農薬栽培のような農業も広がっており、ヨーロッパを中心に、たとえ高くても有機栽培や無農薬栽培の食物を購入する消費者が増えている。環境意識と健康意識の高まりから、このような動きは少しづつ広がっています。
有機栽培、無農薬栽培の普及によって、新たな動きが生まれてきています。例えば高知県の事例で、ナス栽培にあたって、かつては害虫を駆除するために殺虫剤を使用し、受粉については手動ポンプを使用していたところ、殺虫剤の使用をやめて蜜蜂による受粉に切り替え、殺虫剤の代わりに害虫を駆除する方法として、害虫を食べてくれる昆虫を活用することにしたというものがあります(国際環境NGOグリーンピースホームページより)。この事例では、殺虫剤の使用をやめたばかりでなく、35%ものコスト削減を実現できたとのことです。
このように、従来は農業の天敵と言われていた昆虫を、有機栽培、無農薬栽培では、逆に農業を支える重要なパートナーとして活用するという手法が普及すれば、虫を殺すのではなく虫と共存するためのノウハウが必要になってくると思います。こういった分野では、この農作物の栽培のためにはこの昆虫が必要といった内容を公表したり、たとえこの昆虫が有効であったとしても生態系を破壊しないようにするために、この地域にはこの昆虫を持ちこんではいけないといった制限を設けたりとかそういった活動も求められるようになるかも知れません。もちろん農薬は引き続き農業生産に不可欠であるため、虫と共存することを前提とした農薬も必要となると思います。
前掲レイチェル・カールソン1962(青樹葉一訳2001)に『雑草になやまされたら、植物を食べる昆虫の働きを、もっとよく注意してみるのだ。牧草地を管理していく科学は、こうした可能性をいままであまりにも無視してきた。このような昆虫こそ、草を食べる虫の中でも、とくにすぐれて選択的であって、あるきまりきったものしか食べない、という事実をうまく利用すれば、私たち人間は労少なくしてどんなに得をするかわからない。』という内容があります。蜜蜂も昆虫であり害虫も昆虫である。人間の都合で、昆虫を有益・有害に分類するのではなく、すべての生態系を共存の対象として活用していく生産システムが確立されていくことは、データ社会においては可能になってくるのではないかと思います。