秘密保持契約ドラフトを受け取ったら?

ビジネス上、パートナー候補と深いディスカッションをするためには、公表していない情報を特定の相手に開示しなければならないこともあれば、開示を受けなければならないこともあります。

プログラムなど知的財産、ノウハウやビジネスモデルなど営業上の機密、投資対照、価格情報、既存顧客など、あらゆる要素が固有の情報となり得ますので、特に海外とのビジネスにおいては、秘密保持契約の締結は挨拶がわりとも言えるほど、締結が必要なものとなっています。

しかし挨拶がわりだから、提示されたドラフトをそのまま締結しても問題ないわけでは決してありません。契約である以上、合意した内容に拘束されます。

秘密保持契約を受け取った際、いくつかのチェックポイントがあります。契約交渉も交渉なので、当然パワーバランスが影響を与えますが、特に契約が重視される海外企業と英文での秘密保持契約を締結する場合、一般的には、論理的な修正依頼は受け入れられます。

そのため、リスクを認識した上で、そのリスク運用で回避できるかどうかどうか、それともまずは修正を受け入れるかどうかを判断した上で締結すべきです。締結した後で、「こんなことが書いてあるなんて気がつかなかった」ということはあってはならないことです。

ところが、実際には「こんなことが書いてあるなんて気がつかなかった」ことが、海外企業との英文の秘密保持契約ではあり得ます。

なぜならば、日本の契約書のように会社の代表者が捺印するのではなく、海外の契約書はサインで締結するので、担当者が法務部門のチェックを経ることなる自分でその場でサインをして、現場でディスカッションを進めるということがあり得るからです。そして、スピードが求められている今の時代において、そういった対応をしないとビジネスチャンスを失ってしまうということもあり得ます。

つまり、英文の秘密保持契約書の基本的なチェックポイントは、法務部門が把握しているだけでなく、現場の交渉にあたる担当者も最低限把握している必要があります。

チェックポイントとしては以下のものが挙げられます。

  • 双務契約か片務契約か
  • 秘密保持以外の内容が定められていないか
  • 秘密情報の内容を特定することができるか
  • 義務を負う期間は明確か
  • 損害賠償
  • 準拠法と紛争解決手続き

以下、主なポイントについてご説明します

双務契約か片務契約か?

双務契約は双方同じ義務を負う契約、片務契約は一方の当事者のみが義務を負う契約となります。

英語を読むことがあまり好きではない担当者でも、この論点は契約書を見ればすぐに察知できます。

  • サインする当事者が一方のみだったら片務契約の可能性が高いです。特にレターのような差し入れ形式の場合は片務契約の可能性が高いです。
  • 片務契約はunilateral、双務契約はmutual、場合によってはbilateralと表現されていることが多いです。both party agreeとか either(またはeach) party acknowledge that とかまたはreceiving party agreeという表現ではなく、”会社名” agreeとなっている場合は、片務契約の可能性が高いです。

こちらが売り手で、相手方が買い手で、製品を売り込んでいる場合、一方的に義務を負う片務契約で秘密保持契約の提示を受けた場合、その場でサインをしてしまいがちです。

往々にして売り手が開示する情報にはスペックや価格など、重要な情報が含まれていることが多いです。もしこちら側からもこういった重要な情報を開示する場合、この段階で片務契約から双務契約への変更を交渉しておかないと、後で契約を結び直すことは難しくなります。

そして、重要な情報の開示を受けることがわかっている場合、片務の契約を双務にするというフェアな要求は受け入れられることが多いです。もし相手型から片務のドラフトの提示を受けたならば、双務のドラフトも持っていると思うので、unilateralではなく、mutualの契約に変更して欲しいと、伝えることが望ましいでしょう。

秘密保持以外の内容が定められていないか

秘密保持契約書はnon disclosure agreementとかsecrecy agreementといった名前になっていることが多いです。

しかしタイトルが秘密保持契約となっていても、秘密保持以外の内容が定められていることがあります。決して多くはないですが、知的財産の許諾や移転や、売買の条件など、将来もしビジネスになった時の条件をあらかじめ秘密保持契約の段階で記載しておくということもあり得ます。

秘密保持契約締結の目的は、守秘と目的外使用の禁止です。それ以外の権利義務が記載されている場合は、本当にその内容が必要なのかどうかを精査した上で合意をする必要があります。

最初から最後まで目を通して、秘密保持と関係のない情報が含まれていないかチェックして、もし含まれている場合はその場で判断せず、持ち帰って回答とすべきと言えます。

秘密情報の内容を特定することができるか

秘密を守ると約束した以上は、守らなければなりません。

でも「何が秘密情報か?」ということが分からなければ守れません。

そして、開示当事者は秘密情報として認識して開示したにもかかわらず、受領した側が秘密情報と認識していなかったため漏洩してしまったという場合は、紛争となり得ます。

そのため、秘密保持契約を締結する上でこういった運用面も考慮に入れる必要があります。もし秘密保持契約書に秘密情報を特定するような内容(例:秘密と明記された書面の情報、価格情報、顧客情報等)が記載されていなかった場合、双方何が秘密情報かを確認しあって、できる限り書面で明確化しておくことが望ましいと言えます。

義務を負う期間は明確か

秘密保持契約の期間は1年間でも契約終了後は一定期間守秘義務を負う、というのが一般的な期間の定めとなります。

秘密保持契約段階では、実際にビジネスになるかどうか未定で、ビジネスになるならば後で別の契約を締結することなることが多いです。

もしビジネスにならない場合でも、開示した情報は一定期間守秘し続ける必要があります。「情報を開示することを前提とした秘密保持契約は終了したとしても、守秘は続けてよ」というのはリーゾナブルな内容と言えます。

この内容も同様に、約束した以上は守らなければなりません。

例えば契約終了後も守秘義務は10年間残る、といった場合、本当に守ることが出来るでしょうか?人材の流動性が高い今、10年間情報を守り続ける体制を維持するのは簡単ではないですし、技術革新のサイクルが早い今、契約終了後10年間守り続けなければならない情報は稀と言えます。

もし契約終了後に残る守秘義務の期間があまりにも長い場合、運用上その期間が本当に必要か、果たして守り続けることができるか、という視点で検討をする必要があります。

損害賠償

どのような契約でも、契約違反の場合の契約解除や損害賠償の情報は入っています。

そして秘密保持契約の場合、入り口で締結する契約であるにもかかわらず、損賠賠償には「契約違反の場合は間接損害や逸失利益含めてすべての損害を賠償する」といった重たい内容が入りがちです。

双務契約の場合は、損害賠償の範囲を限定することがお互いにとって必要な事項となります。そのため、受け取ったドラフトをそのまま受け入れるのではなく、直接損害に限定するなど、必要に応じて交渉することも必要と思います。

準拠法と紛争解決手続き

国際契約では揉めがちな条項です。東京地方裁判所か大阪地方裁判所かというレベルではなく、紛争解決地をニューヨークか東京かということになると、お互い譲歩することができず、例えば被告地にするとか、第三国にする、といった内容に落ち着くことが多いです。

また紛争解決手段も裁判ではなく仲裁といった形にすることが多いです。

一方で、秘密保持契約に関しては紛争の論点は「秘密を守ったかどうか」と、明確です。もし合意した内容を守ることができることが確実ならば、この条項で揉める必要はないと思われます。

秘密保持契約の内容について、どうやって秘密を守るか、という視点で交渉することなく、いざ紛争になった時にどう解決するか、という視点のみで交渉をすると、相手の海外企業から「本当に秘密を守るつもりがあるのか』と思われることになるので注意が必要です。