五角形のテーブル:第三話日の出

容姿端麗でどことなくオーラがある。

キヨミは40歳をとっくに超えているが、実際の年齢を聞いても誰も信じないだろう。

彼女は毎週必ず、普段着でフラッと”ゲット・バイ”にやってくる。

誰かが店の中にいても、何を気にすることもなく、空いている席に黙って座って、いつもずっとスマホを見ている。

ヨシオはキヨミがレモンサワーと串カツ5本セットしか注文しないことを知っている。

そしてキヨミはもう何も言わなくてもそれらが出てくることを知っている。

そのため店に入ってから出るまで、キヨミの声を聞くことがないことも珍しくない。 

東京生まれの東京育ち。

誰もが知っている東京の超一流大学を出て大手企業で5年間働いた後、退職してアメリカに留学、そのままニューヨークの投資銀行で働いていた経歴を持つ。

5年前に投資銀行をやめて帰国して、奈良に定着して、フリーランスの翻訳家をしている。

もちろん、ヨシオはそんなキヨミの過去は知らない。もしキヨミが教えてくれたとしても、なんのことか半分も理解できないだろう。

スーパードライのおかげで饒舌になっているタカシのことを気にすることなく、そして一言も発することなく、キヨミはタカシの斜め向かいの椅子に音もなく座り、いつも通り、黙ってスマホを見ている。

ヨシオがレモンサワーを出す。スマホを見ているキヨミの背筋はピシっと伸びていて、レモンサワーを差し出すヨシオの背中の方が少し丸まっている。

数えきれないほど同じ仕草が繰り返されてきたために、一つ一つがどことなく絵になっている。

タカシはかまわずヨシオに対して話し続ける。

「私は思ったんですよ。部長とか、課長とか、関係ないって。そりゃ給料は高い方がいいですけどね。もしかしたら、それもあんま関係ない。一番大事なのは、愛ですね、仕事への愛。」

キヨミは、顔も姿勢もそのままに、一瞬スマホから目だけを離してタカシの方をチラッと見て、そして再びスマホに目を落とした。

キヨミには以前、結婚まで考えた男性がいた。

投資銀行の同僚で、最初は仕事でライバル関係だったが、お互い尊敬しあい、そしていつからか惹かれ合うようになっていった。

ニューヨークでの勤務時代に、二人で奈良を訪れたことがある。アメリカ人の彼にとって初めての日本で、東京育ちのキヨミにとっては修学旅行以来の奈良だった。

旅行中もアメリカ市場は動いている。競争社会は投資銀行で働く二人を休暇中もそっとしておいてくれない。

日本時間の夜明け前にようやく息抜きの時間ができ、タクシーに乗って二人で平城宮跡に行って、アメリカの日没の時刻に、日の出を見た。

薄あかりとともにきれいな空気が流れ込んでくる。平城宮跡全体が水色かかってくる。

そして光、そう、これが光だ、と思えるような黄色い閃光が山の谷間から現れる。時間の流れはゆっくりで気持ちいい。

やがて、太陽がその顔のすべてを山の上に出す。おおきいと思った。すると、突然すべてが早送りになり空気が変わった。鳥のさえずりや遠くを走る車の音が気になった。

それから1年後に二人の関係は終わった。

キヨミにとってあの恋は大事だが、もう思い出す必要はないものだ。

だがタカシの「仕事への愛」という言葉が、10年前の二人の日の出をキヨミに思い出させた。

タカシは喋り続ける。

「そのことに気がついたらね、何かかからフッと解放されたんです。そしたらね、今の自分の境遇が『楽しいな』って思ったんです。」 

ヨシオがタカシに相槌をうつために、テーブルの方に目を向けると、店の前の通りをノブが通り過ぎるのを見た。

ノブは通りの先、駅と反対側の先の古いアパートに住んでいる。

駅前の不動産屋で働いているので、毎日”ゲット・バイ”の前を通る。帰宅時に店の前を通る時は、自宅の方ではなく、常に五角形のテーブルの方を覗きながら歩いている。

ノブはたまに”ゲット・バイ”に来る。

その日には、必ずキヨミがいる。

ヨシオはそれが偶然ではないことを察しているが、キヨミはそのことに全く気づいていない。

ノブは五角形のテーフルに座っても、これまでキヨミに話しかけることすらできていないのである。