マジョリティ

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半数を超えるとマジョリティと言われます。

表現を変えると、半数以下の意見は異端で、半数以上の意見は常識と言われます。

マジョリティに変わったものはたくさんあります。

自分の車を持つことが憧れで「マイカー」と呼ばれた時代は、車を持っている人は少数派でした。

Windowsが普及する前はパソコンを持っている人は少数派。自作のパソコンを組み立てて自分でプログラミングするゲーム好きの子供達はマイコン少年と呼ばれました。

一度マジョリティになると、なかなか元には戻りません。

何かを得ると、何かを失うのが人間です。

車を持った結果何を失ったのか、パソコンを持った結果何を失ったのか。それが分かったとしても、元に戻ることはないと思います。

離婚率が50%を超えた国では、子供達が学校に行くと、両親が離婚していることが当たり前。そうやって幼少期を過ごした子供達が成人するとどんな家族を作るのでしょうか?

少数派が大きな力を持つことがあります。

例えば被爆者の方々が原爆体験を伝えることは平和の維持のために非常に大きな力となっています。

一般に起業家と呼ばれる方々の多くは、マジョリティでないところでの発想をします。みんなに反対されても、やり抜き、やり切った結果が、今、多くの人が欲しいと思っている商品になっていると思います。

ビジネスだろうと、なんだろうと、マジョリティでないところで、自分の信念に基づく光を放つことが大切なんだろうな、と思います。

今日は雨。富雄川沿いのサイクリングロードで、ひまわりの側に一輪の彼岸花が咲いていました。

小さいけど、緑色の中で真っ赤な色を放っているから、力強さを感じます。

自分自身を確立するっているのは、こういうことなんだろな、と思います。