自然は自然のためにあるのか、人間のためにあるのか。
人間も自然の一部なので、この問いには意味はないと思います。
では、自然保護は自然のために行うのか、人間のために行うのか?
自然は生態系の中でしか自然を保護できませんが、人間にとっての自然の保護は、自然を破壊しないことと、生態系を復活させることの二つの能動的な意味を持ちます。
どちらも能動的なので、行ったり来たりします。
将来、自然保護活動のためにAIを使う時代が来るでしょうが、そのAIを動かすための電力は、自然界からのエネルギーだけでは賄いきれません。
将来、経済活動を自然保護よりも優先する勢力と、自然保護を経済活動よりも優先する勢力が争う日が来るでしょうが、その争いそのものは、自然保護に逆行することになると思います。
何が言いたいかと言うと、前に進むためには、後戻りしなければならないし、前に進んでいると思っていたら、実は後戻りしているということです。
今日は町内の夏祭り。
小学校の運動場で開催するのですが、子供たちは祭りが終わって真っ暗になっても、運動場を走り回っていました。
自分が子供だった時も、自分の子供達が子供だった時も、祭りの楽しさは、何一つ変わっていません。
大人になって分かったのは、子供だけでなく、準備したり、お世話したり、片付けしている大人も祭りを楽しんでいると言うこと。
ビール飲んだり、子供とは違うところもあるものの、祭りの時は大人の心は子供に戻っていると思います。
戻るって素敵だし、もしかしたら、前に進むために必要なことじゃないかな。
夏祭りで1年に1回、子供に戻る。
戻ると、進んでいる時には、気が付かなかったことに気が付く。
そうやって、1年1年、大人として成長していくかも知れません。
写真は奈良県庁の横のバスターミナル。
自然と人工と、昔と今が、ごっちゃになったようなところです。
私たちは、今も昔も、毎日、こんなぐちゃっとした、曖昧なところで、生きているのだと思います。
